第4章「自分で立ち上がった~脳梗塞の恐ろしさと不思議」

第3章「お見送りの意味は?」からの続きです→とんでもない病院から無事に脳神経外科の専門病院に移ることが出来た友人と次に会ったのは移送されてから約1週間後でした。3~4日はICU(集中治療室)に入っていたそうで、一般病棟に移動出来たのが1週間後ということでした。

友人の具体的な病状は右脳の脳梗塞による左半身の麻痺が後遺症として残るという所見だったそうです。一般病棟に寝かされている友人の顔色はややむくみがあり病人そのものの顔をしていました。

この時は会話をするのもしんどそうで、食事も極限まで味を制限された食事なので見るからにまずそうなのでほとんど手もつけず、でも食欲はあるみたいでひたすら「はらがへったー、はらがへったー」とつぶやいていました。何より本人が自分の置かれている今の現状を受け止められないみたいでふさぎこんでいる様子が数日続きました。

最初に行った時は完全に寝たきり状態でしたが3~4日経ったくらいの時には何とか車いすでの移動は出来るみたいで、私と顔をあわせれば「はらがへったー、下の売店でチョコレート買って来て」など無理難題を押し付けてきました。

病状は回復していますが彼の場合、脳の病気なので食べる物は医者から許可されているもの以外は絶対に食べさしてはいけないといわれているのでとにかく「今はガマンしろ!」としかいえないので辛抱をさせることに努力しました。

友人の中では空腹感が辛いというのも勿論ですが、それよりずっと気になっていたのが会社のことで社長である自分が倒れていなかったら会社の仕事はまわっていくのか、それが一番気がかりだったようで、私は病院に行った時には逐一会社の作業状況を報告し、時には友人に指示を仰ぎながら進行していくという事を毎日の日課として行っていました。

すると日が経つにつれだんだん友人の顔色が変わってきた(何となく血行がよくなっているような)かんじがするようになり、病院に行く度にひとつ新しい動作が出来るようになっていきました。このころになると仕事関係の人たちが見舞いに来てくれるようになり、それがまた励みになっていったのかリハビリも順調にこなすようになり、いつも乗っている車いすから降り、とうとう自分の足でたつことが出来ました。

大体、脳梗塞という病気は高年齢の方が発症することが多いので、高齢となるとなかなか回復にも時間がかかるらしいです。その点、友人はまだ40代なので極めて回復も早かったのではと医師もいっていたそうです。友人から聞いた話ですけど人間の体のしくみは脳から色々な伝達が各機関にされていき、手や足が動いていると、中でも足はわりと簡単に伝達がいくそうなのですが、手は複雑な伝達方法になっていてなかなか指令がいきわたらないそうです。だから、この時の友人は左半身麻痺ですけど左足は結構動くようになっていました。曲げたりも出来るし、指を動かすことも出来る、しかし、手はいくら動かそうとしても重く痛みだけがあり全然動かなかったそうです。

そして、友人の麻痺が残っているのは左手だけなのでリハビリを専門とする病院に移った方がいいということで年明けにリハビリ専門の病院へ移りました。

このリハビリ専門の病院へ移ってからは、いつも登場する私の料理の師匠が毎週休みの時に見舞いに行き、リハビリの手伝いや外出時の付き添いなどのケアを請け負うようになり、料理人としての役割で減塩用の料理を作って食べさせたりしていると、友人も力が湧いてきて昼間に外出して会社へ来るまでに回復して、約1カ月半で退院しました。

ここで話を第1章にまで戻しますが、
友人が倒れて横になっている時に私がいった一言「寝とけ」といったことが大きな間違いであったことを改めて説明します。

これも友人が医師(担当の医師)に聞いてわかったことなのですが、脳梗塞を発症した初期の段階は脳に行く血管が詰まってしまっているのでこん睡状態に陥るらしいです、しかし、この時点では脳自体が完全に機能を停止しているのではないので脳を動かす意味で寝てはいけないそうなんです、寝てしまうと脳は完全に数分で停止してしまい死に至るらしいです。

だから、私が出した指示は命を止めてしまう指示だったのです。そのことをあとから友人から聞いてゾッとしました。普通、具合が悪くなった人がいたら横になって寝ておくようにいいますよね、脳梗塞の場合は全く逆でずっと起こしていかなければいけないそうです。

初めてしった脳のメカニズム、それに今友人は左手もゆっくり握ったりは出来るようになっています。本当はダメな事ですが車の運転もしています。昨年の12月中旬に脳梗塞を発症してからわずか5カ月後に通常の生活が送れるくらいまで回復しております。

これもはじめて知った事ですが、脳の中には普段使われていない脳細胞があるということです。この友人の場合、梗塞でだめになった脳の代わりにこれまで使われていなかった別の脳が動き出しているということです。

へんな例えですが、
鉄道の路線で長年フル回転してきた電車が老朽化して使えなくなり、代わりにコース自体も今までとは全く別のコースを使い新たに最新の電車が動き出す。
そんな働きをしているのではないのかな、脳という大きな宇宙は。



今日の血圧/夕食後
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第3章「お見送りの意味は?」

第2章「搬送された病院」からの続きです→今日、起きたことをひとつひとつ自分の頭の中を整理していき、まず明日は何をすればよいのか、それよりまず自分の気持ちを落ち着けることが一番大事だと思い、遅い夕食を済ませテレビを見てリラックスしていたら友人の奥さんから携帯に電話がかかってくる。

友人の奥さん「実は、さっきダンナを別の病院に搬送したんよー」

イオラー「えぇー!あそこの病院で入院するのと違うのー?」

突然に入院先の病院が代わったと聞いて、一体どういうことかとビックリしていたのですが、後でわかったことですが、友人の身内で医療関係の人がいたのでこの人が搬送先の病院を聞いて
「あそこの病院は脳神経外科の専門ではないのでまともな治療は出来ないと思うから、脳神経外科の専門の病院に移した方がいい」と提言したことで、深夜の入院先のお引っ越しとなったそうです。

そして、第2章の最後に書いていましたこの最初の病院でのとんでもないことをお話します。

これは、本人(友人)からここの病院から別の病院に移送される直前に、ベッドの上で意識は朦朧とした中で看護師数人と医者との会話をじっと聞いていた内容を後(入院から1週間後くらい)に彼から私が直接聞いた会話の内容です。

ドクター「○○さんのご家族には連絡はしたのか?」

看護師A「いえ、これから連絡するところです」

看護師B「○○さんは何歳なのー?」

看護師A「4○歳やでー、まだ若いのになー、お子さんも2人いてるしー可愛そうやなー」

ドクター「さあ、そしたらお見送りの準備をしようか!」

この会話の全ては友人が朦朧とした中でもしっかりと記憶に刻みつけた内容です。

そして、これは声が出ないし身体は動かせないけど必死に自分は意識があることを訴えようとしている友人の叫びの声です。

友人「(追加)お見送りの準備?どういう意味???もしかして......おいおい、何か話聞いてたら俺は死んだことになってるやんけー、アホかー、俺はまだ生きてるわー!」

と、叫びたいが声も出ないし、体も動かないし、何とか看護師たちにわかるようにベッドでもがいていたらようやくその様子に一人の看護師が気づき

看護師AかBかどちらか^_^;「あー、この人生きてるー!」

これが看護師のいうセリフかー!「あー、この人生きてるー!」ってまるでお笑いのコントの落ちのように叫んだそうです。

ということで友人は冷たい木の入れ物に入れられ焼かれずに無事生還?出来たというテレビドラマを見ているようなとんだチャンチャン劇は幕を閉じ、その深夜に友人は無事別の病院に搬送されました。

この時のことをたまに人に話すことはありますが
「そんなアホなことあるわけないやん!作り話やろー、話を面白くしてるんやろ!」

といわれますが、すべて事実です!

では何故、友人は死んだと受け取られていたのかというと、それは私が病院を後にしたあとずっと友人は具合が悪かったのでベッドで寝ていたそうです。その様子を看護師か医者かはわかりませんが息をしていないというふうにとらえたらしいのですが、そんな馬鹿な話があるわけない、ドラマの世界でも患者の様子がおかしかったら脈拍や瞳孔を見て生死の判断をしているのに、ただ様子を見ただけで生死の判断を医者がするわけがないので、スタッフ内の伝達ミスか何かで判断が狂ってしまったとしか思いません。

いずれにせよ九死に一生を得た?友人はこの時の事を笑いながら話していたんですが、そもそもの話の発端は

友人「オレ、前の病院から移る時に看護師らがお見送りの準備をどうとかいってたのを覚えてるんやけど、お見送りってどういう意味かなー?」
と私に問いかけたことが始まりでした。

イオラー「病院でお見送りといったら、ひとつしかないやろー!死んだ人を送り出す時に使うことやろ!」

友人「あの時は病院を移ることになってたからそのことをお見送りというのんとはちがうんかー?」

イオラー「それやったら移送とかの表現になるやろー!そのことをお見送りとはいわんやろー普通!」

後に、移送後のこの病院の看護師に彼が聞いたところ、その看護師は
「病院が変わることをお見送りなんていいかたは普通しませんよ!それは亡くなられた患者さんを最後に見送る時に使う言葉ですよ!」

といっていたそうです。それは当然でしょう^_^;

私はふと思いました。

イオラー「こいつは脳梗塞で今入院しているのに、何故そんな事が記憶にあるのかなー、記憶喪失ではないがやはり脳に損傷を与えているので記憶は遠ざかるのでは?」
この時、もしかしたら友人の脳の中で何かが別の働きを起こそうとしているのではないか、何となくそんな気がしました。

この続きは
第4章「自分で立ち上がった~脳梗塞の恐ろしさと不思議」
でお話させていただきます。

今日の血圧/夕食後
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第2章「搬送された病院」

病院に搬送されてからは、看護師から「こちらでお待ち下さい」といわれ、待合室とはいえない処置室の外側の通路のベンチ椅子に座らされることに。

ここで、直ぐに経過報告をと友人の奥さんに電話をしようと思ったが、この時は報告出来ることはまだ何もない状態なのでとりあえず搬送先の病院名だけを伝えて何か経過がわかれば連絡しますとだけいって電話を切りました。

しばらくすると私が待つ通路の横をストレッチャーに乗せられた友人がどこか別の部屋へと運ばれていった。後で聞いたらそこはMRI画像を撮る部屋だったらしいです。

40分ほどしたら今度はこの部屋からまた元の処置室に移動するのに私の前を通っていく、この時は当然友人とは会話は交わせないので、処置室に戻ってからは私はまたベンチ椅子に座り待つことに。

「いったい何の検査をしているんやろか?聞きたいけど中には入れないし、医者も看護師も何も伝えに来てくれないから不安でいっぱいになる。」

正直、私はここの病院に友人を救急車で搬送した時は、一応処置だけしたら直ぐに連れて帰るだろうというくらいにしか考えていませんでした。まさかこの時に脳梗塞を発症しているなんて全く考えもしていなかったし、脳梗塞がどんな病気なのかも全然知りませんでした。

というのも、この病院に搬送される救急車の中では友人は声も出ていたし、隊員の手も握り返していたので当初の脳梗塞の疑いがあると聞いていたことはこの時の友人の様子を見ていたら完全に私の頭の中からは消えていました。

そして、ようやく看護師からドクターから話があるので入って下さいと処置室に入れてくれました。
ドクター「この患者さんとのご関係は?」
イオラー「友人です、奥さんが仕事で来れないので代わりに同乗してきました」
心の声→「今頃になってそんなこと聞くかー、そんなん運ばれた時に直ぐ確認するんとちゃうのん?大丈夫かーこの病院は」
イオラー「彼はどこが悪いのですか?」
ドクター「それは、ご家族の方にしかお話出来ないんですよ、ご家族の方と連絡は取れますか?」
心の声→「お前はアホか!俺が友人やということは救急隊員から聞いてるやろ、だったら搬送された時に直ぐにご家族の方に連絡を取って下さいってなんで直ぐにいわへんのや!このドアホ!俺は何もしらされんまま1時間半もあそこの長椅子に座らされてどれだけ不安やったかー!」

イオラー「直ぐに連絡は取れますよ!向こうでも連絡が入るのをスタンバイしていますよ」
看護師「では、直ぐに奥様の方にご連絡して下さい」
イオラー、友人の奥さんに電話「いま、医者から話があって、このまま入院することになるので直ぐに病院に来て下さいといってます」
と伝えて電話を切る。その時に、奥のベッドで寝かされている友人が私の名前を呼んでこちらに来てくれといっている

イオラー「おい!大丈夫かー」
友人「何か気分が悪いんやー、悪いけどあとの連絡は頼むわ!」
と、かすれるような声で私に伝えてきた。その時に横にいた看護師が
看護師「このまま入院されることになりますのでご家族の方にお伝えいただき、すぐに病院に来て入院手続きをして下さいとお伝え下さい」といわれる。友人はと見ると、直ぐにベッドの横のカーテンを閉められたのでもう話は出来ませんでした。

看護師「では、こちらの用紙にご家族のお名前と性別・年齢をご記入下さい」
といって用紙を渡される。
イオラー「えぇー、そんな名前までは何とかわかるけど、年齢は大体でしかわからないけど」というと
看護師「では、大体でいいのでご記入下さい」

何とか一連の処理を終えて病院を出ることに。出て直ぐに各方面に電話をして現状を伝え、とりあえず友人の会社に戻ることに。

戻って、奥さんに
イオラー「とにかく、入院しなければあかんみたいやから早くいってやって、病名は医者は俺には教えてくれへんから」
と伝え、ようやく自宅へ戻ることに、この時の時刻は確か9時過ぎくらいだったと思います。

この約2時間後に友人は、急きょ別の病院に搬送されることになるのですが、実はこの別の病院に移される時にここの病院の中ではとんでもないことが起きようとしていたのです。

この続きは
第3章「お見送りの意味は?」でお話させていただきます。

今日の血圧/朝食後
108-70(連休が明け、仕事モードに!おっ血圧は凄く安定している)

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第1章「倒れてからの行動」

今日は前々から書きたいと思っていたこのブログをはじめるきっかけともなった私の友人が脳梗塞で倒れた時から自分で立てるまで回復出来た様子を4つの項目に分けて書いていきたいと思います。

いつも楽しく拝読させていただいています○○○パパさんの5/5記事を読ませていただいて、
友人が発症してから病院に搬送されるまでの経緯が凄く共通していて共鳴する部分が多々ありますので、私もこの脳の病気(脳梗塞)を目の当たりにした一人の目撃者(?)としての視点から感じた事を書いていきます。

○○○パパさんスイマセン、何かネタのパクリのようで書くのは正直気がひけますが、○○○パパさんの記事をよませていただいて凄く共鳴する部分がありますので書かせていただきます。
後に○○○パパさんから快く承諾をいただきましたのでこの場を借りてお礼をいいます。


第1章「倒れてからの行動」

その日は昨年の12月の中旬でした。時刻は夕方の5時前だったと思います、友人の奥さんから
友人の奥さん「仕事中にだんなが急に倒れて寝込んでしまった」
と携帯に電話が入りました。以前にも仕事で徹夜が続いていた時に倒れたこともあったので、たぶんいつもの疲労が原因だろうと受け流していましたが、電話で奥さんが
友人の奥さん「言葉が出なくなっている、一生懸命しゃべろうとしているがろれつがまわらないよう」
と聞き、これは単なるいつもの疲れから来る時の倒れた状態とは少しちがうなと思い、
イオラー「わかった、すぐいく」
といって会社へ飛んで行き、友人が寝かされている2階へ行くと驚いたことに寝てはいるがしっかり目を開けて意思表示をしている。

イオラー「おい!大丈夫か?」
友人「あぁ、ちょっと寝たから少しましになったみたい」
何と、ボソボソした小声ですが普通にしゃべっているではありませんか?さっきの電話ではろれつがまわらなくなっていると聞いていたのでちょっとびっくりして
イオラー「お前、声が出るのか?ちゃんとしゃべれるのか?」と聞き直したら
友人「今は何とかちょっとずつならしゃべれるみたいやー、でもなんかしゃべってたらフラフラするんやー」
イオラー「わかった!もうしゃべるな、寝とけ!直ぐに救急車呼んでやるから」といって、奥さんが救急車を要請しました。

後でわかった事ですがこの私がいった一言「寝とけ」これがこの時、彼の命の行方を左右するほどの大きなとてつもなく重要な一言であったことが。これは後々第4章の記事でお話しますが、結果だけいうと大きな間違いであったという事です。詳細は後の記事でお話します。

暫くして救急車のサイレンが近づいてきたので
イオラー「あっ、来た!よし下ろす準備をしようか」と準備を始めるとナント!救急車のサイレンがだんだんと遠のいていく!
イオラー「あれ、迷ってるんとちゃうかー!」
友人の奥さん「わたし、下に行って見てくるわー」

といって、奥さんは下に駆け降りた。と直ぐに救急車のサイレンが真下に聞こえたのでほっとして救急隊員を待つ。3~4人の救急隊員が上がって来て、友人に色々と問いかけている、そして数分後に救急車へ乗せた。この時、奥さんから
友人の奥さん「○○さん、悪いけど救急車に同乗して病院までいってくれへん、本来なら私がいけなければいけないんだけどどうしても今日中に納品しなくてはいけない仕事があるので」

と病院搬送への同乗を依頼される。友人は工場を経営していて常に納期に追われる仕事をしているので納品を遅らすことは絶対に出来ないので、しかも年末の繁忙期に当たっているので機械を止めることは出来ないので、
イオラー「わかった、じゃあ俺が同乗していくわ!詳細は何かわかれば常時連絡します」といって救急車に乗り込んだ。

ところがなかなか救急車が出ようとしません、後のドア(患者を乗せる時に開く部分です)は開けたままです。
中の様子を見ていたらあちこちの病院に連絡しているような様子です。他の隊員はストレッチャーに乗っている友人に色々とテスト?手を握ったりの反応の確認をしている。
その時に外にいる奥さんから「いつも飲んでいる薬とかは持っていかなくてもいいんかなー?」と言われたのでそれを救急隊員に伝えると
救急隊員「出来たら持ってきて下さい」
といわれたので奥さんに行って慌てて取りにいって貰い、今度は

救急隊員「搬送先の病院はこちらで決めさせて貰っていいですか?それともどこか希望される病院はありますか?」
と聞かれるが、私は病院の事など全く詳しくないのでしかも目の前に運ばれている友人が何の病気でどんな症状かもわからないので
イオラー「奥さんからも全て救急隊員の指示に従って」
といわれていたので

イオラー「こちらでは何もわからないので全ておまかせします」
といってようやく救急車が出発。この救急車が来て出発するまでにかかった時間はおよそ15分ほどはあったと思います。

私は思ったのは素人知識ですが、救急車というのは名前の通り救急とついているのですから、とにかく1秒でも早く直ぐに病院へ搬送する、症状を見て救急隊員が搬送先の病院を決めていく、そう思っていたのでこの時の救急隊員の対応には正直驚きました。
多分搬送時にその時の症状によって決められた手順があるのでしょうが^_^;

まさか、こちらで搬送先の病院を決める必要があるなんて、救急車が直ぐに出ないなんて、何もかも自分の知っている知識とはかけ離れた事なので驚きと不安の連続でした。搬送先の病院は以外にも近所で走りだして15分ほどで到着しました。正直もっと遠い専門的な病院に搬送されるのかと思っていたので少し安心しました。

ところがこの搬送先の病院がとんでもない○ブ医者だったことが後に判明することに、しかもひとつ間違えばこの友人はこの病院で人生を全うすることになったかも知れません。

この続きは
第2章「搬送された病院」でお話させていただきます。・・・・・・・・・続く

今日の血圧/夕食後
102-68(連休初日はやや高かったですが、日を追う毎に降下していきましたーやっぱりヘルシー料理の効果が絶大か!)

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イオラー

Author:イオラー
イオラーProfile
S37年生まれ、浪速育ち
現在の職業:インターネットショップオーナー(従業員はいませんよー^_^;)
インターネット商品販売・Webデザイナー・サイト企画・構築・サポート
商品販売サイト
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11月より新しい家族のネコ3匹です♪



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